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25歳からのミニマリスト宣言

夫と猫さえいれば良い、となれればよいなあ

私が仕事を選んできた理由と、辞めた理由と、学んだこと

 

今週のお題「今の仕事を選んだ理由」ということで

学生の頃にしていたアルバイトと、社会人になってからの4年間をざっくり振り返ってみようと思い立ちました。

 

アルバイトその①野球スタジアムのビールの売り子

高校生になって初めてのバイトが野球スタジアムの売り子。

おのののかさんが「かわいすぎる売り子」として有名になり芸能界で活躍されていますが、

彼女に見て取れるように、売れっ子の条件としては、純粋に顔、常に笑顔で元気でいること、フレンドリーさが大事で。

売れる子は黙ってても売れるし、

売れない子はまず固定で買ってくれるお客さんを作るところからはじめなければなりませんでした。

当時はビール一杯売ると100円のインセンティブが入る、ただし基本給はなしという完全歩合制でしたが、そこは暑い夏の熱気あふれる野球場。


大して売れない私でも夏の球場では1時間で30杯ぐらいは売れていました。(ごく平均ぐらい)


ただ背中に背負っているビールサーバーは12〜13kgはあったので、

汗だくになりながら「ビールいかがですか〜♡」と、顔がつりそうになるぐらい常に笑顔で、お客さんのところまで階段を駆け上がって、(ただしビールを泡立てないようにできるだけサーバーを揺らさず)、「暑いですねー!」と会話をし、片膝を地面につけてビールを注ぐ。


そんな、若さがないと出来ない地獄のような楽しいバイトでした。 


 ビールの売り子を選んだ理由:若かった、そしてお金が良かった 

辞めた理由:ある日ビールを売ったお客さんが学校の先生だった(学校はバイト禁止なのでした)

 学んだこと:純粋に何かを応援するという気持ちは、とっても尊い(AKB総選挙しかり)


アルバイトその②ティッシュ配り

固定のシフトで仕事をするのが嫌いだったので、自分の好きな時間にできるティッシュ、チラシ配りをしていた時期もありました。

街中に何時間も立っていると、いろいろな人に話しかけられます。その人達としゃべるのがいい時間つぶしになったりして。

「この街はなんだかいい街だな」とか、「この街はあんまりいい感じじゃないな」とか、なんとなく街の持つ雰囲気が見えてきたりもします。

ちなみに私の「いい感じだった街」BEST3は、東長崎、荻窪、武蔵境。

ティッシュ配りを選んだ理由:仕事をする時間を自分で管理できた 

辞めた理由:リーマンショック後どんどん仕事自体がなくなっていった(唯一減らずに定期的に来る仕事はホットペッパーを街頭で配る仕事だけ)

学んだこと:ポケットティッシュの広告効果。500個配って一人お店に来ればいい方、らしい(風俗ではない)


そして、その他にもろもろのアルバイトを経験し、社会人になります。


仕事その③SP

私は大学在学中に結婚して、主人の内定なんやかんやで海外にいく予定だったので就活は途中で辞めていました。

ところが状況が変わり、日本に留まることになり。んじゃー仕事すっか、ということで見つけた仕事が、初心者歓迎☆SPのお仕事。

「国内海外のVIPを警護するお仕事です」

なんだこれ・・・と思いつつ、面白いから応募。面接に行ったら、ツッコミどころが満載の小さな会社。

英語が多少できるということで即採用。

イスラム圏の王族を警護するときに、女性は女性につかなければいけないから英語が出来る女性は貴重、と後で理由を聞きました。


実際の仕事は超体育会系で、上司はほとんど警察上がり。ハイジャック対策班にいたおじさんとかマル暴対策班上がりの部長とか自衛隊に何年もいた女性の先輩とか。

業務の細かなことは教えてもらえず、背中を見て育ってね系。それはいいんですが、私が失敗すると私の先輩が怒られるのだけはツラかった。

そして実際の業務は、韓流スターやハリウッドスターの警護(ガチで警護。大げさに言えば何かあったら彼らの代わりに私が死ぬ)、通訳、出入国のお手伝い等々。

名だたるスターに会う機会に恵まれましたが、当時の私は業務に必死すぎて、それがいかにラッキーなことか気づいていませんでした。

もうこの仕事に関しては思い出を語るとキリがないので止めますが、22、23の小娘によくあんな仕事をさせてもらえたな〜と思います。今思えば、あの会社の上司の皆々様は、必死で無知でなんの経験もない私をとっても優しく温かく見守ってくれていたんだなと思う。

SPを選んだ理由:おもしろそうだから受けたら受かった

辞めた理由:社内セクハラ問題とプチストーカー問題に巻き込まれ、鬱々していたら上司に助けられて別の仕事をすることになった

学んだこと:

①元警察関係の人は高確率で数珠?のようなブレスレットをつけている

②空港やTV局の前で出待ちをしている女性陣とそうでない人の見分けがつくようになった


仕事その④議員秘書業務

SPをしていた会社にいた男性社員に絡まれるようになり、君の体重はチュッパチャップス3つぐらいだよね、と言われたあたりでいい加減ブチ切れそうになり、セクハラの証拠集めたろと思い立ったあたりである上司に誘われて仕事を変えることになります。

それは、議員秘書でもあった彼の秘書業務の代理。

業務は、来客対応、議員のおじさんとおしゃべり、書類の処理、エクセルを使った計算&入力等々。

SPの会社では自衛隊式ロープの結び方や裏動線からの出入国の仕方を教わったり、機密文書の翻訳やVIPの裏の顔を見る機会はあったけれど、私、社会人としての基本的なマナーをちゃんと知らない。と気付いたのもこの時でした。

名刺交換の仕方も、コピーの取り方も、そもそも会社の仕組みも知らない。

かといって誰か教えてくれる人が周りにいるわけでもない。

困ったね、と困っていてはただ困ってしまうだけなのでまずは秘書検をとりました。

それから、便宜上とは言え「秘書」と 呼ばれている以上、話くらい理解できるようにならねば...と思い、新聞を4紙を読み比べ。

この時の経験は今でも役に立っています。

何も語ることのない就活生は秘書検を勉強したらいいよ。学ぶこと多いです。

議員秘書(代理)を選んだ理由:成り行き

辞めた理由:議員さんが議員を引退、事務所も解散。

学んだこと: 上司の勘違いで怒られた場合の、正しい秘書の対処法とは


その後、個人で輸入業やら。

たまに頼まれて翻訳のバイトやら。

短期でレストランやら。

ホテルでの仕事やら。

議員秘書時代の繋がりで、ボランティアで選挙の手伝いやら。

写真好きのインドネシア人たちのモデルやら。


振り返ってみると、16歳から10年間で、いろんな仕事をしてきたな〜と思います。

それぞれ学ぶこともあり、楽しいこともあり、つらいこともあり。

根本的にどこかに属して働くことは苦手だな〜と思うけど、個人でやってみると組織の偉大さに気づく。福利厚生って大事ね。


ざっくりと振り返ろうと思っていたけど、こんな長文になっちゃいました。

さて、次はどんな仕事をしようかな!狙っているのは東京メトロの清掃員です